歯科経営者に聴く - 貞光歯科医院 貞光院長

歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

貞光歯科医院 辻野歯科医院 貞光謙一郎 院長

今月は貞光歯科医院の貞光謙一郎院長をご紹介する。
貞光歯科医院は奈良市学園朝日町で開業11年目を迎える。最寄り駅は近鉄奈良線学園前駅で、沿線有数の高級住宅街として知られる。学園前駅は幼稚園から大学までの一貫教育を行う帝塚山学園に由来する文教地区であり、また多くのバスが発着するため奈良県内の近鉄の駅としては最大の乗降客数を誇る。
一方、駅からわずか徒歩10分の距離でありながら、その間に12軒の歯科医院がひしめく歯科激戦区でもある。貞光院長は日常の診療と並行して、真摯に学会活動を行っている。
その中で常に「自分の行った診療が正しかったのか」という根拠の探求を続け、このほどSJCD(Society of Japan Clinical Dentistry)から表彰を受けた。

開業まで

 

貞光歯科医院貞光院長は1962年に徳島県三好郡池田町(現在の三好市)で生まれた。3歳のときに東大阪市に移り、さらに奈良市に転居する。このときお父様が奈良市に耳鼻咽喉科の医院を開業された。現在の貞光歯科医院の隣地である。貞光院長が歯科医師を志した理由もやはりお父様の存在が大きかったという。
「父が医療という仕事をしているわけですから、歯学部へ行ったのは『なんとなく』という要素も大きかったと思いますよ。」1989年に朝日大学歯学部を卒業し、大学院で補綴を専攻する。一方、歯科医院で非常勤勤務をしながら一般歯科診療についても勉強を始めた。ところが当時の貞光院長には違和感を禁じえないことがあった。

「大学院は最高学府ですし、行けば一番良い勉強になり、結果として良い歯医者になれるのかなと思っていましたが、それが間違いだったことに気づいたんです。日本の大学は研究がメインであり、臨床に関しては遅れている面もあります。それで臨床をもっと勉強したくて、本をたくさん読みました。」

ある本の中で紹介されていたのが奈良県生駒市で木原歯科医院を開業する木原先生だった。貞光院長は木原先生に連絡を取り、歯科医院の見学を依頼する。木原歯科医院では「文献と臨床が一致している」ことに衝撃を受けた。貞光院長が抱いていた違和感の一つに「治療のスピード」があった。大学、大学院、非常勤勤務をしていた歯科医院で「ゆっくりするな。1日30人診ないと採算が取れない」と言われていたからである。

「ところが木原先生はきっちりとした診療をするなら時間がかかるのは当たり前だとおっしゃっていたんです。『採算ではないだろう』とも…。そこで木原先生が入会していらっしゃったSJDC(Society of Japan Clinical Dentistry)に私も入会し、木原歯科医院には週2回見学に伺い、講演会などにも参加するようになりました。」

1992年に大学院を修了し、博士号を取得する。故郷に戻り、東大阪市内の開業医に勤務することになった。その時点で開業することは念頭に置いていたという。5年間の勤務医生活を送り、1997年に現在地での開業となった。貞光院長のお母様が所有するビルの1階に入居し、チェア3台でのスタートだった。

「父が1989年に亡くなり、父の医院もそのままになっていました。そちらで開業するか、こちらの物件にするか悩んだのですが、継承して改装するとなると大変なコストがかかってしまいます。このあたりでは13軒目の歯科医院で、器械メーカーの方たちにも反対されるほどの競合の多さだったので、リスクを減らしたいという思いからビルに入居する方を選びました。父の医院跡地は駐車場にしています。父の患者さんであった方々には私の開業を大変喜んで頂き、有り難かったですね。」

診療方針

貞光歯科医院のチェア数は現在5台で、そのうち3台が個室となっている。貞光院長はインフォームドコンセントに力を入れているため、その徹底を考慮すれば自ずと個室になってしまうという。説明のためのツールとして口の中のみならず、顔や側貌の写真も撮る。

「患者さんにコンピューターを見て頂きながら話をします。そして患者さんが何をしてほしいのか、どういう治療を受けたいのか、どういう選択をするのか、伺うんですね。噛み合わせにしても年齢を重ねることで不具合が生じます。どのように噛み合わせを行いたいのか、丁寧にお話を伺います。治療計画は治療のマテリアルまでも含んだものであるべきです。したがって保険と自費の違いも説明します。」

保険診療と自費診療の割合は現在、6:4であるが、貞光院長はそれを4:6に逆転させることを視野に入れている。それは経営的なプラスになることを意味しない。あくまでも治療内容の充実を志向した上でのことだ。

「国民皆保険制度は所得の低い人も一定の医療を受けることができる点で非常に有効な制度だと思っています。ただ保険点数には問題があります。その保険点数が変わらない以上、自費ベースでいかざるを得ない面もありますね。一般のメーカーでは値段の高いものはより手の込んだ製品なわけです。我々でも同様で1本1万円の銀歯と13万円のオールセラミックの違いは明白です。高いお金を頂く限り、最高の治療を行わないといけないでしょう。」

インプラント

貞光歯科医院貞光歯科医院ではインプラントとラミネートベニア、オールセラミックが自費診療のメインである。インプラントは年間60本もの症例があるが、貞光院長は口腔内の全体図を描くことがトラブルを避ける方法であると認識している。
「本当はできない難症例もできると思い込んで治療にあたってしまうとトラブルになってしまうケースが多いようです。私どもでは、できないものはできないとして、できる医師にご紹介するようにしています。治療計画が杜撰であることもトラブルを招きます。パーツごとに考えるのではなく、口の中の全体図を描くように考えていかなくてはいけません。最近、大学の講師などから症例についてお尋ねを頂きますが、それも全体図が描けていないことが原因であることが多いですね。」

予防歯科

貞光歯科医院貞光歯科医院には4人の歯科衛生士が勤務し、虫歯と歯周病の予防に力を注ぐ。内容はブラッシング指導、フッ素塗布、シーラント処置、メンテナンスなどとなっている。池田育代主任衛生士は「歯科衛生士」という雑誌に連載を持ち、講演も行うなど、積極的に活動する。
「歯は削っていけば、いずれはなくなってしまいます。したがって削らないことが大切なんですね。治すわけではなく、まずは修復するという考え方です。最近では歯科衛生士に歯科助手の仕事をさせる医院も多いようですが、それではなかなか衛生士が育ちません。一方で衛生士の仕事を究めるには休みの日にも練習をしないといけませんが、そこまでの努力を惜しまない人はあまりいないので難しいですね。私どもの池田主任衛生士は『衛生士らしい仕事をしたい』と言って入職しました。彼女のお蔭で私としては楽になりましたね。」

SJCD

貞光院長が大学院時代から所属し、研鑽の場としてきたのがSJCDである。これは全国10箇所に拠点を置き、会員数も800人を越える大規模な組織で、1口腔内を包括的に捉えた歯科診療を目指すことをコンセプトにする。貞光院長は現在理事という要職にあり、講習会のインストラクターも務めている。

「入会した頃に、いつかインストラクターや講演をしてみたい、指導的立場に立ってみたいと願っていたのですが、最近自分の願っていた通りになってきたように感じます。毎年3000人ずつ歯科医師は増えており、2020年には歯科医師の平均年収は725万になると予想されるなど、歯科医師を取り巻く現状は厳しいです。725万では子弟を歯科医師にすることも困難になるでしょう。そこで我々は勉強しなくてはいけないのです。」

貞光院長はこのほどSJCDからアワードを受けた。これは「貞光歯科医院で行った診療が正しかったのかどうか」を朝日大学の講師と検証したことなどが認められたのではないかと貞光院長は振り返る。

「例えば歯の表面を削ったときに、汚れが残りますが、その汚れがついたまま接着を行うことは不適切です。そういった事例について、正しいのかどうかという裏打ちを行うわけですね。臨床の結果を人に見せることは非常に大切です。できている、できていないというのは自分でなく、第三者による判断で初めて分かるのではないでしょうか。口腔内には修復物が残りますので、第三者による判断が可能ですから。」

また海外の文献の精査も必要である。貞光院長はラミネートベニアの第一人者であるスイスのマニエ先生が始めた方法に疑問を持ち、マニエ先生本人に会って確かめるなど学ぶ姿勢を持ち続ける。

さらに貞光院長は休みの日にも模型を削ったり、型を作る練習を行ったり、コンピューターでの統計処置、患者さんのデータチェックなどを行う。

「最近、歯科医院の経営セミナーのような勉強会では接遇や患者さんへの対応のことを頻りに言われますが、その趣旨は本来の医療から外れている印象があります。優れた医師は経営にばかり囚われず、臨床の結果を他の医師に評価されながら技術の研鑽に努めるものではないでしょうか。」

今後の展望

貞光歯科医院貞光院長に今後の展望について、お尋ねした。
「使う材料にしても、行った治療にしても、自分の行ったことが正しいのかどうかという研鑽はこれからも手を抜かずにやっていきたいと思っています。それからインフォームドコンセントのさらなる徹底ですね。『患者さんと話をして、患者さんのやりたいことをする』という歯科医師は多いですが、それは違います。患者さんがやりたいことではなく、患者さんにとってのベストな方法を示し、成功率なども明らかにしていくことこそ本来のインフォームドコンセントではないでしょうか。そういった意味で治療の方向性をきちんと持っておきたいですね。」

最後に貞光院長に若い歯科医師へのメッセージを頂戴した。

「医療である以上、お金儲けに走ってしまうのは間違いです。丁寧な医療を追求してほしいですね。ただ最高の医療を行っても歯はなくなっていくものです。日本は医師ももちろんですが、残念ながら患者さんのモラルも低下しています。このままでは韓国や中国の方が先進的な歯科医療を実現させていくかもしれません。日本の歯科医師もさらなるレベルの向上を目指し、デンタルIQを上げていく努力が求められていると思います。」

タイムスケジュール

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