歯科経営者に聴く - エルアージュ歯科クリニックの加藤俊夫理事長

歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

古市歯科医院 古市彰吾 院長

山王パークタワーは、東京都千代田区永田町の東京メトロ銀座線・南北線「溜池山王駅」と東京メトロ丸ノ内線・千代田線「国会議事堂前駅」から直結している地上44階・地下 4階・塔屋 2階のオフィスビルだ。古市歯科医院はこのビルの25階にあり、同じフロアにもう一軒、歯科医院が入っている。古市彰吾院長は東京都出身で日本歯科大学卒業後、オフィスビル内の3軒の医院に勤務。勤務医時代、予防歯科のパイオニアである熊谷先生の講演を聞いて共感を覚えた古市院長は、2001年2月、予防歯科をメインにした古市歯科医院を開業。
今回は開業5年目を迎えた古市院長にお話を伺った。

開業まで

歯科医師を目指したきっかけをお聞かせください。

古市歯科医院両親が共に医科・歯科の家系で、この道を選ぶのはごく自然な選択でした。そこで歯科医師の道を選んだのは、何より自分自身の理念に基づいた医療を展開したいと感じたからです。医者になったらおそらく勤務医なので、時には自分の理念を度外視しなければならない場面もあるかもしれませんから、病院に属する形では非常に難しいと考えました。私の学生時代はちょうどバブル時代で、様々な講演会などによく行き多いに触発をされ、いろいろと勉強させて頂きました。若い時の多種多様な経験が今非常に役に立っていると思います。

卒業後、オフィスビルでの勤務医から開業までの経過をお願いします。

最初に勤務した歯科医院では、正確に削れて正確にかぶせる、という基本的な技術を学び、これが後の予防歯科への礎となりました。さらに都市部のオフィスビル2個所で3年ずつ勤務する中で、長持ちする物を入れる技術を習得させて頂きました。開業にあたり、勤務医時代からの患者さんが多くついてきて下さいましたし、知り合いもたくさん紹介して頂きました。おかげで開業初月からレセプト枚数が100枚ほどありました。勤務、開業を問わず常に責任を持ってひとりひとりの患者さんを丁寧に治療し、信頼を得ることが大変重要だと思います。これは開業前から今も変わらないスタイルです。

オフィスビルでの予防歯科

古市歯科医院予防歯科に力を注ぐことを強く意識したきっかけは?

大学時代はDDS(doctor of dental surgery、治療+外科処置)がメインで、虫歯や歯周病が進行したことに対してどのように対応するか、ということしか学びませんでした。そんな私が将来、予防歯科に力を入れていこうと思ったのは、30歳を過ぎてからです。『真の予防歯科とは?』と考えていたとき、山形の酒田市で開業されている熊谷先生のお話を伺う機会があって、「まさにこれだな」と共感致しました。先生は日本の予防歯科のパイオニアでいらっしゃいます。現在も月1回のペースで酒田まで通い、熊谷先生の講義を受けています。

先生の医院における予防歯科の現状は?

予防歯科は0歳からの管理が重要になりますが、郊外での開業と違って当院における子供の患者さんは、全体の3%と圧倒的に少ないのが現状です。オフィスビル内のため、25歳以上の患者さんが大多数なので、その年齢から予防歯科を始めています。日本人の場合、20歳までにかなりの歯に詰め物が入っているので、カリエスフリーの実現には新しいマーケティングが必要かもしれないと今は考えています。

先ほどお話した予防歯科のパイオニアである熊谷先生の元には、23年の蓄積データがあります。それを当院で立証するにはあと何十年もかかりますから、患者さんには予防の大切さを信じて通院して頂くしかありません。今、唯一検証出来ているのは、私が勤務医時代に詰めたものが8年、9年たっても、クリーニングだけで現状を維持している患者さんがいらっしゃる、ということです。また「予防歯科をしているのになぜ虫歯になるのか?」と質問される患者さんもいらっしゃいますが、きちんとメンテナンスしていても、隣接面のカリエスに対する介入時期の問題や、ほかの全身疾患によって急激に歯周病が進行する場合など、システムの確立はまだまだ発展途上です。しかし私は『50歳まで有髄歯で歯牙が存在していることが実現できれば、神経をとる処置をかなり後に遅らせることが出来る』と考えています。今から10年、20年と経過した時に、検証したデータを患者さんのお役にたてたいと思っています。

また今後も地道に続けることによって多くの患者さんにもより深く理解して頂けるのではないかと期待しています。予防は早い段階で始めた方がよいですから、学校関係の方にも声をかけながら歯の健康を維持する考え方を広めて行きたいと思っています。

予防歯科での課題はいかがですか?

まず歯科医師はもちろんですが、衛生士の人材育成が大変重要だと思います。当院は5年目ですが、レセプトは毎年順調に増えていますから、それに対応出来るだけの人員と衛生士、そしてそれぞれの技術力が必要です。現在、歯科医師の数が過剰になりつつあり、免許を持っていても歯科医師として務まらない時代がすぐそこまで来ていると感じています。ただ優秀な衛生士は非常に必要性が高いので、社会的地位も上がっていい収入も得られる、大変やりがいのある仕事になると思います。また予防歯科を普及させながら医院経営を成り立たせることは困難だという先生もいらっしゃいますが、そんなことはないと考えています。ただし最初の3年から5年間は非常に厳しい状況も考えられます。その間の運転資金や生活資金などを準備出来ないと、本当に難しいと思います。しかし予防歯科を提案している以上、その前提となる初期治療、根管治療などを丁寧に行わないと予防が成り立ちません。

古市歯科医院当院は家賃の高いオフィスビルでの診療ですから、最初は採算をあわせるのは大変難しかったですね。ひととおりの治療が終わり、メンテナンスを行う衛生士さんの手に渡ってからようやく利益が出始めました。そのため開業してから3年目くらいまでは非常に厳しかったですよ。最近ようやく、衛生士の行う予防歯科のアポイントがほとんど埋まってきました。この方法で8年前後やりますと、ユニット5台全部がクリーニングでも成り立つと思っています。詰めたりかぶせたものは、10年前後にはどうしても再治療になることがほとんどで、またデータ的にも明らかなため、患者さんにその可能性を十分ご理解頂いて信頼関係を築き、クリーニングに通って頂き、なるべく長く補綴物がもつように働きかければ、自然とその方々のリペアもやっていくことになると思います。

オフィスビルでの予防歯科の展望は?

予防歯科をやるには常にデータの管理と分析、またそれに対する対応が必要です。私の歯科事業はデータを積み上げていき、5年評価、10年評価、30年たって検証したところで、その後を引き継いでもらえる人材を育てたいと思っています。私の代で終わりではありません。

先生の歯科医としてのポリシーをお聞かせください。

私はスタッフに『まず、自分自身が前向きに取り組んでいきましょう』と言っています。『皆さんのメンテナンスを受けるために毎月来て下さる患者さんは、皆さんを頼りにしているし、その人の役に立っているところに皆さんの存在意義がある。だからそのことを大切に思って続けることが肝要だ』と伝えています。そしてまず、家族や友人など自分の身近なところから信頼関係を培っていくことが重要ではないでしょうか。

私の場合は同級生や同級生の同僚、その同僚がまた知り合いを紹介してくださり、患者さんの輪はどんどん広がっていっています。どの患者さんに対しても同じですが、「家族や友達が来たときに、どういう治療をしてあげられるかを考えて計画を立てましょう」と勤めている先生と話したことがあります。医療とは本来そういうものではないでしょうか。利益も大切ですが、こういったことを基準にしていかないと、今の厳しい状況で歯科医院の経営を熱意を持って続けていくのは大変なのです。それをきちんと知ることと、出来ることをこつこつと積み重ねて行く辛抱強さが大切だと考えています。

歯科医院の開業に向けて

私は勤務医をしながら、今まで診ている患者さんが通いやすく、アクセスの良い物件はないものかと5年くらい探し回っていました。また自分という人間を信用してもらい、お金を借りるのはどんなに大変なことなのかと本当に勉強になりました。

これはポイントと言えるのかどうかわかりませんが、人間が本当に何かをやりとげたいと思ったとき、助けて下さる方が必ず現れるのではないでしょうか。『人生はいい出会い』、これしかないと思います。そういう出会いが積み重なって道が開けていくのだと開業の際つくづく感じました。多くの方々からお力添え頂いたことを忘れずに今後もがんばりたいと思っています。

特に予防歯科で開業する場合、最初の3年の資金繰りが厳しく乗り切るのが大変です。開業時の負担をなるべく少なくするためにも、私の経験を勤務医の先生に伝えて行きたいと思っています。まずは自分が開業したい場所の近くで勤務医をなさることをお奨めます。そして予防歯科に対する患者さんの気持ちや考え方を育てていく時間が必要です。そうやって育てた患者さんを自分のクライアントとして開業すれば良いのではないでしょうか。いろいろなご意見があるかと思いますが、私はそれでかまわないと思っています。その先生の友人、親類、家族から広がった人脈は、その先生の財産ですからね。

私は60歳くらいまで現役でがんばりたいと思っています。現在はまだ開業5年目で始まったばかりです。予防歯科に関心のある熱意のある先生や衛生士の皆さん、ぜひ私と一緒に予防歯科を広めていきましょう。