歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

ゆうまデンタルクリニック 本田 由馬 理事長

ゆうまデンタルクリニック 外観

神戸市東灘区深江南町は国道43号線の南側、東は芦屋市に接している地区である。かつては深江文化村と呼ばれた西洋館街があり、多くの文化人が居住していたことで知られている。
ゆうまデンタルクリニックはその深江南町に開業して13年になる。阪神電鉄本線深江駅から徒歩8分の立地で、一般歯科のみならず、インプラントや矯正歯科も手がけている。
今月はゆうまデンタルクリニックの本田由馬院長にお話を伺った。

医療法人社団 ゆうまデンタルクリニック 理事長 本田 由馬 先生

医療法人社団 ゆうまデンタルクリニック本田 由馬 理事長

プロフィール

  • 1973年 生まれ
  • 1998年 大阪歯科大学 卒業
  • 1998年 大阪厚生年金病院 勤務
  • 1999年 西村歯科 勤務
  • 2000年 ヒグチ歯科 勤務
  • 2003年 ゆうまデンタルクリニック 開設

開業に至るまで

歯科医師を目指されたきっかけはどんなことでしたか。

子どもの頃、祖母が総入れ歯になり、ご飯が食べられない状況になりました。食べられないために痩せていく姿を目の当たりにして、祖母に入れ歯を作ってあげたいと思ったのが歯科医師を目指したきっかけです。祖母は施設に入居していましたので、祖母のほかにも、そういった高齢者を見かけたことも動機ですね。当時はまだ訪問診療なども少なかったために、祖母のような人たちを助けたいという気持ちがありました。

学生時代のエピソードをお聞かせください。

高校までは野球をしており、練習のない日は1年に2、3日しかないといった毎日を過ごしていました。大学入学後は特に野球にこだわらず、最も一生懸命やっているクラブに入りたいと思って、ラグビー部を選びました。クラブという世界は理不尽なことも少なくなく、先輩の言うことは絶対みたいなところがあります。でも、そういう理不尽な出来事から学ぶことは多かったですね。ときには自分を押し殺してでも、人に従う必要がありますが、これは人と人の繋がりの中で培われる姿勢なのではないでしょうか。
高校時代の友達は大学を出てから色々な仕事に就いているのですが、彼らから学ぶことも多かったです。普通の大学は4年制ですが、歯科大学は6年制です。この2年の差は大きいですね。私がまだ学生だったときに、彼らは社会に出て、社会人として活躍を始めていました。一般常識みたいなものは彼らから教えられました。医師にしても、歯科医師にしても、一般常識に欠けるとよく言われますが、私は友達から本当によく教えられましたし、そのときに感じたことが今の患者さんへの対応に繋がっていると思っていますね。

研修先は病院の歯科だったのですね。

幅広い知識と技術を身につけるために、大学卒業後の1年は病院の歯科で研修しました。歯科医師3人に研修医が1人だったので、全て自分でこなしていました。それが非常にプラスになりましたし、他科との連携など、病院歯科ならではの経験ができましたね。

それから開業医の歯科に勤務されていますね。

開業医での勤務医時代は特に保険診療をしていました。10人以上の歯科医師がいる歯科医院で、1日400人ほどの患者さんが来ていました。多くの勤務医がいる歯科医院でしたので、色々な治療法を学べましたね。良い治療もあれば、私ならこんな治療はしないと思うような治療もありました。良いことと悪いことの両方を見て、取捨選択ができました。

開業しようと決断されたいきさつをお聞かせください。

開業は29歳のときでした。決断というよりはたまたまタイミングが合ったという感じですね。もともと開業するつもりでしたし、タイミングとしては30歳か、35歳ぐらいかなと漠然と思っていたのですが、家の近くをランニングしていて、内科や整形外科、動物病院はあるのに、歯科がないと気づいたのです。それで調べたところ、良い条件の物件が見つかったというのがいきさつです。

とても若い年齢で開業されていますが、当時はどんな治療をなさっていたのですか。

今から思えば、患者さん目線ではなかったですね。例えば、「痛い」という主訴で来られた患者さんに対し、治療を行って、痛みを取ってあげて、「はい、では今度はいついつにお越しくださいね」といった感じでした。今は痛みが取れたかどうかの確認の電話をしています。私が行った治療が有益だったのか、患者さんの困っていることを改善できたのかをきちんと確認するようになりましたね。

開業にあたってのコンセプトやこだわりなどをお聞かせください。

立地や診療圏調査はとても大切です。「最小の投資で、最大の効果」を上げるのが一番でしょう。資金があれば、広告などにお金を使えばいいです。もし資金がないのであれば、ないなりにできることを考えるべきでしょうね。例えば、診療時間を長くして、いつでも開いている歯科医院という口コミを増やすなどです。私どもも当初は21時まで開けていました。ほかの歯科医院よりも遅くまで開いているというイメージを作って、口コミでの患者さんを増やしていきました。

今は20時までの診療ですよね。

4年ほど前に21時から20時に変更しました。歯科衛生士を募集しても、来なかったからです(笑)。スタッフを全く採用できない時期もありましたね。採用しても、「忙しくて、大変だから」と1日で辞めていく人もいました。忙しいから辞めていくのかと諦めたり、先輩の歯科衛生士の教え方が悪いのではないかと思ったりしました。でも、スタッフに対して、「雇っている」という考え方が私にあったことに気がついたのです。スタッフを「パートナー」という目で見るようにしたら、「21時までは遅いな」と思うようになりました。今はスタッフの人数が多すぎて困っているぐらいです。休みも多いし、終わりも早い、有休もしっかり取れるし、給料も高め、家賃の半額補助もしています。

歯科衛生士学校の学費補助をしていると聞きましたが、詳しく教えてください。

歯科衛生士がどんな仕事をしているのか、歯科衛生士学校とはどんな学校なのかといったことは社会に広まっていません。歯科衛生士学校は知名度が低いうえに、学費が年間70万円から80万円ぐらいかかります。歯科助手をしているスタッフは自分たちと歯科衛生士の待遇が全く違うことを実感しており、歯科衛生士学校で3年頑張ったら、待遇がこんなに変わるのかと思っているのですね。そこで、その学費を私どもが立て替えるシステムを作りました。現在、歯科助手として2年ほど勤務していたスタッフが歯科衛生士学校に行っています。昼間部なので、3年間をかけて、お昼は学校に通い、18時から私どもに勤務しています。そのスタッフは同じ歯科助手の仕事をしていても、以前より仕事の理解度が深まったと言っていますね。毎月約6万円、年間約70万円を彼女の通帳に振り込みしています。卒業したら私どもで働いて、給料から天引きしていくという約束になっています。
確かに絶対途中で辞めないかとか、学校が終わったら働いてくれるのかといった不安はあります。でも、それは本人にも誰にも分からないことです。毎月、彼女の通帳にお金が振り込まれている事実を彼女は分かっていますし、もちろん適性の判断もします。そういった不安よりもメリットの方が大きいです。数年後に歯科衛生士が1人加わるという計画が立つからです。ほかのスタッフも「今は大変でも、あと数年だから、皆で頑張ろう」と励まし合ってきました。あと1年で、彼女は歯科衛生士になって、私どもに帰ってきてくれますよ。

キューバ人の歯科医師が勤務されているとお伺いしましたが、そのいきさつや仕事内容、良かったこと、困ったことなどを教えてください。

35歳のキューバ人です。彼はキューバで歯科医師をして、その後、日本に来て、大学、臨床研修を経験してきました。日本語も全く問題ありません。普通に一般応募で入ってきて、採用に至りました。困ったことなどは全くないですね。患者さんには事前に「日本人医師希望、キューバ人医師希望、どちらでもOK」といったアンケートを取っています。この神戸市東灘区深江南という場所は生産工場が近くにあり、南米人の患者さんが多いところです。これまではお断りしていたこともありましたが、彼が入ってからは彼がそういった患者さんを担当してくれています。彼はとても優しいので、スタッフとの関係もうまくいっていますよ。スタッフも私に聞けないことを彼に聞いたりしています(笑)。エディが入ったことによって、歯科医院としてのスキルも上がったし、雰囲気が活発になりましたね。

今後の展開

今後の展開について、お聞かせください。

将来的にはあまり規模の大きくない歯科医院を作って、分院展開していくのが理想です。これからは「ゆりかごから墓場まで」といった予防歯科を中心に、患者さんに寄り添う歯科治療を行っていきたいです。ほかの歯科医院ではやっていないような治療もしていかなくてはと考えているところです。

開業に向けてのアドバイス

開業や転職を考えている歯科医師に向けてのアドバイスをお願いします。

「やる気を持って、24時間働くつもりで頑張れ」と言いたいですね。若いうちに開業するのは良いですよ。やり直しがきくし、若くないと24時間働く体力もないですからね。最近は転職する人も自分の権利ばかり主張しますが、「24時間働きます。死ぬまで働きます」と言ってほしいですね。月並みですが、休みばかり望む人は成功しないでしょう。若いうちは働くことですよ。「目の前の試合に勝てなかったら、明日の決勝はない」という言葉が今も心に残っています。今、目の前にあることに全力を傾けてください。

ここからはベタンクール・カサノバ・エドワルド先生、通称エディ先生にお話を伺った。

日本で就職したいきさつを教えてください。

2003年、22歳のときに歯科医師になりました。2004年にキューバで日本人女性と結婚し、娘が生まれて、25歳のときに日本に来ました。日本ではキューバの歯科医師免許は使えないし、もちろん日本語も話せませんでした。まずは日本語を勉強して、2014年に大阪大学に編入学し、1年後に歯科医師の国家試験に合格しました。2015年から1年間は明石市の歯科医院で研修し、今年の5月からゆうまデンタルクリニックに勤務しています。日本に来てから歯科医師になるまでは歯科に関する仕事をしておかないといけないという思いから、歯科技工士のような仕事をしていました。

ゆうまデンタルクリニックに勤務されることになったきっかけはどんなことでしたか。

ネットで検索して、色々な歯科医院を回りました。面接で院長先生と話をして、ここに決めたのは患者さんが多いこと、症例数が多いこと、スタッフの人間関係が良いところ、家から近いことなどが理由です。

現在はどんな仕事内容ですか。キューバ人と日本人の歯に違いはありますか。

院長に指導を受けながら、一般の保険診療を行っています。キューバ人と日本人では歯の根っこの大きさが違いますね。キューバ人の根っこはとても大きいので、たとえ歯周病になっても簡単に抜けたりしません、でも日本人は根っこが小さいので、歯周病になったらすぐに歯がグラグラしてしまいます。それはやはり食生活でしょうね。日本人は柔らかいものを食べているので、あごの発達がしっかりできていないのですよ。

院長はどんな人ですか。

優しいし、細かく説明してくれます。スタッフからも愛されていますね。だからスタッフもなかなか辞めないのだと思います。とても働きやすい歯科医院ですよ。

歯科医師として日本で勤務するにあたって、困ったことはありますか。

日本人は考えていることをはっきり言わないです。大丈夫ではないのに大丈夫と言ったり、その場では何も言わないのに、あとで間接的にクレームをしたりするところがありますね。

これからの展望を教えてください。

ゆうまデンタルクリニックで仕事に慣れて、任せてもらえるようになりたいです。5、6年後には開業したいですね。もちろん日本で開業します。

外国人医師の方にアドバイスをお願いします。

大変ですよ(笑)。日本で歯科医師になるには時間もかかります。まずは厚生労働省の日本語検定1級に合格しなくてはならないですし、膨大な書類を厚生労働省に提出する必要があります。その後、3つの試験に合格しなければいけません。この試験がとても難しいです。合格しないようにわざと難しく作っているかのような試験です。合格率はわずか10%です。私も2回、落ちました。3回、落ちたら諦めようと思っていましたが、3回目に合格することができました。そのあとは大学探しですが、これもかなり大変で、自分で探さなくてはいけません。日本の歯科医師はとても勉強するので、外国人歯科医師も日本で働くなら、しっかり勉強して、成長することが求められます。また、日本は人間関係を大切にします。スタッフ同士はもちろんですが、ほかの歯科医師やほかの歯科医院との関係も良好に保ちます。そういった日本人の考え方や文化などを学んだ方がいいでしょうね。日本で歯科医師を目指す外国人の方がいたら、いつでも相談に乗りますよ。