歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

医療法人 クラウド歯科 三宅 将太 院長

医療法人 クラウド歯科 外観

滋賀県近江八幡市は琵琶湖の東岸に位置し、豊臣秀次が築いた城下町を基礎として発展した、いわゆる近江商人の発祥の地である。ウィリアム・メレル・ヴォーリズが住み、多くの近代建築作品を遺した地としても知られている。
クラウド歯科はJR琵琶湖線の近江八幡駅から徒歩7分の場所にある歯科医院で、2011年に三宅将太院長がお父様から継承した。三宅院長がアメリカで学んだ根管治療を中心に、最先端医療に力を入れている歯科医院である。今月はクラウド歯科の三宅将太院長にお話を伺った。

医療法人 クラウド歯科 三宅将太 院長

医療法人 クラウド歯科 三宅 将太 院長

プロフィール

三宅 将太  院長
1981年 滋賀県 生まれ
2006年 大阪歯科大学 卒業
2008年 オーストラリア メルボルン 留学
2009年 大阪歯科大学附属病院歯内療法歯科 勤務
2010年 日本生命健康保健科歯科 勤務
2011年 アメリカ ペンシルバニア大学歯内治療科インターナショナルプログラム 留学
2011年  クラウド歯科 院長職に就く

  • 【学会 他】
  • GC社  PMTCセミナー 講師
  • 日本歯科保存学会 会員
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開業に至るまで

歯科医師を目指されたきっかけはどのようなものでしたか。

親が歯科医師でしたので、自然な流れです。高校時代に留学したこともあって、ニュージーランドで歯科医師になるという選択肢もありましたが、海外で学んだことを日本の親の歯科医院で還元していく方が投資のリスクも少なくなると感じたのです。それで、日本に戻ってきて、歯科医師となる道を目指しました。

ニュージーランドの歯科医師免許はどうやって取得できるのですか。

ニュージーランドにも日本のセンター試験のような全国統一試験が高校1年と3年のときにあります。そこで高得点を取ると、入学できる大学の選択肢が増えるのです。点数の順番で行ける大学が決まっていくような形ですね。ニュージーランドでは歯科医師のランクはトリプルAです。歯科医師になるための私立大学はなく、国立大学が1校あるだけなので、かなりの狭き門です。日本の歯科医師国家試験のような試験も一応ありますが、国から認可されている大学から卒業を認められたら、自動的にライセンスが取れます。ニュージーランドでのライセンスはイギリスはもちろん、ユニオンジャックが国旗に入っている全ての国で通用します。

高校時代をニュージーランドのベツレヘムカレッジで過ごされた理由をお聞かせください。

中学2年の頃は多感ですし、「こんな勉強をやって、意味があるのかな」など、「学ぶこと」についても考える時期でもあります。そんなときにニュージーランドに短期留学するチャンスがあり、それが3年間の高校留学をするきっかけになりました。学校へはスクールバスで通っていたのですが、そのバスに半年前にお父さんの転勤でニュージーランドに来た日本人の小学生の男の子が乗っていたのです。その子は友人たちと流暢に英語を話していて、私はその男の子に通訳をしてもらうような状態でした。中学の2年間は英語を勉強してきて、それなりの点数を取っていたはずなのにと思うと、挨拶もろくにできない自分自身が情けなかったです。私は一生、役に立つ勉強ができていないし、ここで英語をマスターできれば、世界が広がるのではないかと思い、高校での留学を決めました。

留学されてみて、いかがでしたか。

高校3年間を海外で過ごしたというだけでは英語は上達しません。留学仲間の中国人、タイ人、韓国人、インドネシア人は財閥のようなお金持ちの子どもで、もともと英才教育を受けていたので、成績もトップレベルでしたし、英語も話せるのが当然でした。そんな環境で、私は必死に勉強し、コミュニケーションを取ることにも努力したつもりですが、成績は一気に下降し、何も分からない状態になったのです。突き落とされるような経験をして、落ち込みましたね。日本という狭い社会の中でそれなりに良い点数を取って満足していたけれど、世界の大きさを初めて身をもって感じました。

途中で帰りたいとは思わなかったのですか。

自分の一生のための勉強をしたいと親を説得しての留学でしたので、帰りたいとは思わず、高校生ながら、この留学を全うしようと覚悟していました。姉2人の3人姉弟ですので、親には私を歯科医師にさせたい気持ちがあったようですが、私が留学したいと言い出した段階で、歯科医師にさせたい、跡を継いでほしいという夢を諦めないといけないのかもしれないと考えていたようです。

その後、大阪歯科大学に入学されたのですね。

海外での留学を終えて日本に戻り、大阪歯科大学に一浪で入学しました。もちろんニュージーランドでも日本の高校生と同じような勉強はしていましたが、数学は遅れていましたし、生物などは英語では説明できても日本語の単語が分からないという状況だったので、一気に高校3年間分の勉強を詰め込みました。大阪歯科大学は私立ですので、国語などは勉強せず、必須の教科だけに絞ることができました。

卒業後、オーストラリアのメルボルンへ留学をされていますが、その頃のことについて、教えてください。

2008年にメルボルンに1年間、留学しました。当時、オーストラリアでは慢性的に歯科医師が足りない状況だったため、海外の歯科医師免許を持ち、一定の試験をパスすれば、政府がオーストラリアでの歯科医師免許を発行するというプログラムを組んだのです。私には留学経験もあり、日本の歯科医師免許もあるので、これを取ればニュージーランドで開業することもできます。「条件は揃った、これしかない」と奮い立ち、行くことにしました。

どのような試験なのですか。

歯科医師だけではなく、内科、心臓外科医、脳神経外科などの医科の医師、看護師、獣医までが同じ試験を受けます。試験の第一関門は高度な医療英語を問われます。試験はlistening、reading、writing、speakingの4項目に分かれています。「writing」は歯科の紹介状を英語で書きなさいといった内容で、「speaking」は歯科の治療内容を英語で患者さんに説明しなさいといった内容です。これは特に問題はないのですが、厄介なのは「listening」と「reading」です。平等な試験と一般的には言われているのですが、国の情勢によってトピックスが変わるのです。国が心臓外科医を欲しければ、心臓外科のトピックスが出題されがちです。そうすれば心臓外科医が優先的に受かる形になるからです。国がこうすることで、医療職の偏在などをコントロールしているとも言われていました。そういう意味でも、相当な英語での医学知識がないと厳しい試験なのです。インド系の人たちは公用語が英語だからか、合格率が高かったですね。この試験は2カ月に1回のペースで行われ、1回の試験で4項目全てをパスする必要があります。通った項目は次回免除といったシステムはありません。結局、私は4回受けて「listening」をパスすることができず、自分で決めていた1年間の期限が来てしまったので、帰国を決意しました。

2011年にはアメリカのペンシルバニア大学に留学をされていますね。

メルボルンから日本に戻って、研修医時代にお世話になっていたところで根管治療の勉強を始めました。そのときに根管治療で一番有名な大学がペンシルバニア大学と聞いたので、自分で調べて、「行きたいです」とオファーしたところ、向こうから了承されたのです。留学経験を過去の出来事として終わらせたくなかったですし、英語も海外旅行だけで使うものにしたくなかったのです。何よりも私の経験をエンドの専門分野で活かそうと思いました。ペンシルバニア大学のプログラムはアメリカの専門医資格を取るための2年間のフルタイムのものと、2年間のうちの3カ月をペンシルバニアに滞在するインターナショナルプログラムの2つがあります。私はインターナショナルプログラムを選択しました。朝8時から2時間ほどの講義を受け、その後、フルタイムの人は大学病院で患者さんの治療をします。インターナショナルプログラムの人はフルタイムの人の治療のアシストについたり、疑似模型を使ってマイクロの練習をします。1カ月、そのように過ごし、いくつかの症例をまとめるという宿題をもらって、日本に帰国します。その症例数が溜まったらペンシルバニアに行き、1カ月の間に専門医のチェックを受けるのです。OKが出たら、宿題をもらって帰国するというパターンを2年間、繰り返します。当時、実家の歯科医院にはマイクロがなかったので、大阪歯科大学のマイクロを使わせて頂いて、症例を作っていきました。

どういう国の人が参加しているのですか。

参加している人はアメリカ人が半分位で、あとは海外からの留学生です。各国から来ていますが、サウジアラビア系の人が多かったですね。キム教授は韓国系のアメリカ人なのですが、海外からの優秀な歯科医師に技術を伝え、その技術を自国に持ち帰って広めてもらうことで、ペンシルバニア大学の名前を広めようと考えておられました

海外には日本にはない技術がありますか。

日本だと「匠の技」や「門外不出」といった、この人だけにしかできないという考え方がありますが、アメリカの医療やシステムの根本的な考え方は誰がやっても同じクオリティを出せるものだし、説明書通りにすれば誰でも同じ結果が出せるというものです。ペンシルバニア大学では「ペンシルバニア大学のやり方を全て教えます。このやり方をすれば、何%の確率で成功するというデータがあるから、この通りにやりなさい」と言われます。日本では「根管内は綺麗になるまで洗いなさい」と言いますが、ペンシルバニア大学では「綺麗になるには5分間、この薬に浸しながら超音波を使い、何秒間、洗浄液を撹拌させます」など、レシピが細かく決められています。逆に、このようなやり方をしないのであれば、ペンシルバニアの名前を出すなということなのです。

2012年に「クラウド歯科プラス」をオープンされましたが、コンセプトやこれまでのクラウド歯科との違いを教えてください。

今まで海外で歯科医院や歯科治療を見てきた集大成として、日本にはない、海外の歯科医院のような空間を目指して、クラウド歯科プラスを作りました。私の信条として、これまで父が大事にしてきた患者さんを無視することもしたくないので、父が作り上げてきた歯科医院を半分そのまま残し、半分を海外仕様にしました。
コンセプトは時間や手間への相応のチャージを行うことです。日本ではCR充填をしたらいくら、被せ物をしたらいくら、虫歯の治療をしたらいくらというように、「物」に対して保険点数が決められていますが、海外はどれだけ手間がかかったか、時間を費やしたかによって金額が変わります。難しい被せ物をしたら、それだけ時間も手間もかかっているのだから、それ相応にチャージして良いという考え方です。でも日本の患者さんにはそういうコンセプトは受け入れられず、納得していただけないだろうと考えたので、室内やサービスを異空間にすることで、違うコンセプトの歯科医院なのだと理解していだくようにしました。チェアが隣同士の同じ空間では、一人は保険診療で安く、一人は自費診療で高いというのは難しいです。自費診療は高額ですから、それなりの空間とサービスを提供したいというのがクラウド歯科プラスのスタンスです。現在の自費率は30%です。15%から20%ぐらいの歯科医院が多いようですから、当院は高い方ではないでしょうか。

マイクロを使っての歯内治療について、教えていただけますか。

歯内治療はマイクロを使うと成功率が全く違います。マイクロでの失敗例はゼロですね。マイクロはルーペのより拡大版と言えますが、見える範囲も違いますし、強力な光を使うので、暗いエンドの中をはっきり、くっきりと見ることができます。ルーペとは比べ物にならないですね。ただ、簡単に使いこなせる器具ではありません。なかなか困難な器具なので、特殊なトレーニングが必要です。マイクロがない時代には「多分、ここに石灰化物が詰まっているだろう、これかな」といった感じで、真っ暗な根管を手探りしていました。それでもできない場合は歯を抜くという方法をとり、インプラントを勧めていたのです。しかし、マイクロがあれば、患者さんに1ミリの真っ暗な根管内を大きく拡大して見ていただいたうえで、石灰化物が詰まっていることを説明することができます。そして、歯を抜かずに保存していくことが可能になるのです。

海外と日本の保険制度はどのように違うのでしょう。

アメリカには保険治療はなく、全て自費治療です。ドイツはベースの治療が決まっていて、それ以上を望むならば、追い金で自費治療をすることが可能です。北欧は全て保険治療で、セラミックもインプラントも保険でカバーできます。日本では混合診療は認められていないので、追い金はできず、保険か自費かのどちらかになります。日本の保険制度は素晴らしいものです。日本人の寿命がここまで長くなった要因の一つとして、歯科治療が安価に受けられるので、口からの食物摂取が可能になっていることが挙げられるでしょう。そういう意味では保険制度は成功しているのでしょうが、日本の保険治療の単価は本当に安いので、歯科医師、歯科技工士の負担は増えていますね。寿命が長くても健康とは限らないし、私は良い治療にこだわりたいです。私が受けたい治療を患者さんに提供していきたいですね。ただし、保険でいいから安い治療をしてほしいという人も大事にしていくべきだと考えています。それが社会貢献の一つです。だから二つのコンセプトを両立させているし、患者さんにも分かりやすいようなサービスの提供をしています。予防歯科は今後、さらにやっていくべきです。「予防」で経営が成り立つならば、患者側も医療側もwin×winになります。当院では「独自の予防」で、予防の大切さを患者さんにお伝えしています。

日本の歯科医療はどうなっていくのでしょうか。

多くの方が開業を望んでいますが、開業のリスクは高いです。設備を揃え、患者さんが来てくれれば成り立っていた時代や、スタッフをアシスタントで使いながら、歯科医師の腕一本で治療していた時代は終わり、今は歯科衛生士、歯科技工士、歯科助手など、様々な専門職スタッフをうまくマネージメントしながら、患者さんの治療をしていかなくてはいけません。
歯科医院の閉院の大きな原因は過剰投資です。歯科医院は椅子、ペン、ハンコさえあればできるものではなく、高額な器具や機材が必要なのです。その意味で、私は日本もシェアクリニックを積極的に取り入れるべきだと思います。
ペンシルバニア大学のキム教授は週の半分を自分の歯科医院で診療し、残りの半分は大学で仕事をしていました。キム教授は週の半分しかいない歯科医院の家賃を払うのはもったいないと考え、3人の歯科医師と歯科医院をシェアしていました。歯科医師だけが日によって変わるというスタイルではありません。歯科医師とスタッフはチームになっていて、チームごと入れ替わるのです。患者カルテも別々です。例えば、月、水、金は A歯科医師とチームのスタッフが入り、患者さんは入って右側の受付で対応します。火、木、土はB歯科医師とチームのスタッフが入り、患者さんは入って左側の受付で対応するという形です。同じ曜日にしか来ない患者さんはいつも同じ歯科医師に診てもらうことになりますが、クリニックは毎日開いていますので、違う歯科医師でもいいから、毎日通いたいという患者さんにも対応できます。
日本の多くの歯科医院は木曜日や日曜日を休診日にしています。歯科医師やスタッフは休む必要がありますが、歯科医院まで休むことはありません。シェアクリニックだと、遅い時間までの診療もできますし、年中無休も可能です。もう一つのメリットはスタッフのマネージメントのしやすさです。スタッフが10人以上になってくるとコントロールが難しいのですが、シェアクリニックでは少人数のチーム制ですから、コントロールしやすいのです。当院ではまだ実現していませんが、信頼し合える歯科医師と出会えれば、このような経営をしたいです。

若い歯科医師へのアドバイス

若い歯科医師へのアドバイスをお願いします。

自分の考えと国や政府の考えが合致しているならば問題はないのですが、もし考え方が違うという場合は違う世界も見た方がいいです。国は歯科医師が多いとなると、国家試験を難しくしたり、その逆にするなど、常に色々なコントロールをしています。国は安くて良い歯科治療を多くの人に提供してほしいと要望していますが、歯科医師の立場からすると手間をかけた時間と対価が見合っていない場合もあります。
それと、撤退を怖がらないでほしいです。「逃げるが勝ち」という言葉を心のどこかに置いておいてください。私自身も海外に行ったり、日本に戻ったり、海外で開業したかったけれども叶わなかったり、紆余曲折がありました。でも、今は近江八幡で、スタッフと思い通りの空間に恵まれ、患者さんに「ありがとう」と感謝されながら、楽しく診療できています。努力は大切ですが、努力が報われなくても、道は一つではありません。若い歯科医師にはより広い世界があることを知ってほしいと思っています。