歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する理事長から学ぶ~

パール歯科クリニック 院長 大原 庸子

パール歯科クリニック 外観

東京都世田谷区赤堤は世田谷区の北側に広がるエリアであり、ユリの木公園で知られている。これはかつて流れていた北沢川が暗渠化され、緑道となったもので、せたがや百景に選ばれている。
パール歯科クリニックは赤堤5丁目の日本大学文理学部キャンパスに向かう日大通りに位置する。京王線、東急世田谷線の下高井戸駅から徒歩5分の場所だ。家族で来院する患者さんが7割を占めるという、地域に根ざした歯科医院である。
今月はパール歯科クリニックの大原庸子院長にお話を伺った。

パール歯科クリニック 大原 庸子 院長

パール歯科クリニック 院長 大原 庸子

プロフィール

院長 大原 庸子
1967年  東京都 生まれ
1993年  鶴見大学 卒業
1997年  鶴見大学大学院 修了
1997年  厚誠会歯科 勤務
2002年  パール歯科クリニック 開設

  • 【学会 他】
  • 床矯正研究会会員
  • 世田谷区歯科医師会会員
  • 日本小児歯科学会会員
  • 日本フィンランド虫歯予防研究会会員
  • Gore Regenerative Material Certifying 修了
  • ITIインプラント Certificate取得
  • Star Hill Therapy Association(顎拡大療法)会員
  • World Clinical Laser institue 修了
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開業に至るまで

歯科医師を目指されたきっかけはどのようなものだったのですか。

父は医師で、医院を開業していました。私も医療関係に進みたいという思いがあり、看護大学を受験したのですが、当時は倍率が非常に高く、不合格になってしまいました。浪人する覚悟を決めていたら、母から歯科衛生士を勧められたのです。「歯科衛生士も医療職だけれど、看護師と違って夜勤がないし、いい仕事よ」と言われ、歯科衛生士専門学校に入学しました。
入学後に歯科医院で歯科助手のアルバイトを始めたのですが、学校で習っていることと現場での実務が違うことに驚きました。学校では歯科衛生士の仕事は予防や指導だと習っていましたが、歯科医院で歯科衛生士がさせられていたことは歯科医師のアシスタントでしかありませんでした。私はその姿に違和感を覚え、歯科衛生士がきちんと働ける環境を作るには歯科医師になるしかないと思ったのです。そこで、専門学校を中退し、歯学部に再入学しました。大学に合格するまでは専門学校に通っていましたので、両立が大変でしたね。友達に助けられ、苦手だった科目の勉強を克服できました。

学生時代に思い出に残っていることはありますか。

中学と高校が女子校でしたので、最初は男の子の存在に拒絶反応が起きました(笑)。男の子と一緒に勉強することや喋ることに慣れず、時間がかかりました。でも、人として考えると、男も女も一緒だと分かってからは大丈夫でした。
部活動は時代劇好きが高じて剣道部に入りましたが、途中で無歯科医地区研究会に入り直しました。無歯科医地区研究会では夏に無歯科医地区で合宿をします。農村を歩いて、住民の方のお悩みや入れ歯などのお困りごとを聞き、その対処法を話したり、小学校で紙芝居をしたりしました。新潟県の魚沼地区から帰るとき、私たちが乗ったマイクロバスを子どもたちが走って追いかけてくる姿は映画のワンシーンのようで、今でも思い出に残っています。この研究会での活動を通して、私は衛生指導がしたかったのだということに改めて気づかされました。

卒業後、すぐに大学院に進学なさったのですね。

小児歯科の大学院に進むことになっていたのですが、国家試験に失敗したのです。それで小児歯科では大学院に行けないことになり、基礎系科目の生化学で大学院に進むことにしました。入学当初は恥ずかしかったのですが、生化学の清水教授が「チャンスは毎年ある。どうして、くよくよするんだ。100点を取ろうとせず、全ての分野で60点のラインを取っていくことを目指しなさい」という温かい言葉とともに、生化学の易しい本をくださいました。それから生化学が楽しくなっていきましたね。
大学院生は学部生の実験時に教える役目があります。自分が理解していないと教えられませんから、分からないことを積極的に尋ね、勉強しました。実験に関してもテーマを与えていただき、歯のエナメル蛋白質についての研究を深めることができました。大学院で基礎を勉強したからこそ、歯の構造が理解できたので、無駄ではありませんでしたね。「なぜ、そうなるのか」、「どうして、このケアが必要なのか」など、患者さんに説明する力の基盤も大学院で培われました。

勤務先を選ばれた理由をお聞かせください。

大学院を修了したとき、30歳を超えていたので、就職は難しい状況でした。面接で「結婚はどうするの」、「付き合っている人はいるの」と聞かれ、翌年に結婚することになっていると伝えると、「結婚する人はいらない」と断られることが当たり前でした。「大学院を出た女性はいらない」とすら言われることもありましたね。そのような中で内定をくださったのが厚誠会だったのです。新宿に分院を出すことになったからということで、入職3カ月後に院長代理になりました。

勤務先で学ばれたのはどういったことですか。

新宿の分院では私、歯科衛生士、スタッフの3人というメンバーでしたが、やらざるを得なかったので頑張りました。勤務医時代に学んだのは組織形成ですね。人の上に立って、何かをやることの責任感の持ち方も勉強になりました。ときには休日を返上して、仕事に打ち込むこともありました。

開業しようと決断されたいきさつはどんなことだったのでしょう。

入職してから結婚し、出産もしました。産前休暇のぎりぎりまで働き、産後休暇も明けてすぐに復帰したのです。厚誠会で産前産後休暇を取得した歯科医師第一号になりました。しかし、復帰後は組織が安定していなかった遠方の分院に勤務したり、また新宿に戻されたりなど、子育てしながら働くことが難しくなったのです。そのときに尊敬している先輩に「開業したら」と勧められたのがきっかけで、開業を決意しました。

開業地はどのようにして探されたのですか。

夫は別の歯科医院に勤務していましたが、二人で開業することになったので、この場所は夫が探しました。以前はコンビニエンスストアだった物件です。子育てしながら働くわけですから、住まいを私の実家の近くに移しました。そこから近いことや保育所が近所にあることなどが条件でしたね。開業当初は私は出勤時間を少し遅らせたり、退勤時間を早めて、保育所への送迎をしていました。

開業にあたってはどんな苦労がありましたか。

お金の面で苦労がありました。私の理想は週に2日勤務して、そのほかの日は夫を「お帰りなさい」と迎える生活でしたが、夢で終わりましたね(笑)。返済計画を考えると切迫感があり、私もフルに働かざるを得なかったのです。両親にも頭を下げましたし、金融公庫などから融資を受けました。

開業にあたってのコンセプトなどをお聞かせください。

親子で安心して通える歯科医院です。でも、開業当初は親子でいらっしゃる患者さんは少なかったのです。それで、世田谷の区民会館を借り、近隣の方々を対象に母親教室を開き、少しずつ認知度を向上させていきました。

設計、レイアウトの工夫などをお聞かせください。

夫が全てを仕切っていたので、私が担当したのは壁紙だけです(笑)。診療スペースの壁紙は凹凸のある素材を格子状に組み合わせているので、歯科医院らしくないカジュアルさが気に入っています。患者さんからも癒されると好評です。キッズスペースの壁紙は森をイメージした緑にしています。ガラス張りなので、子どもが遊んでいる様子がよく分かります。
チェアは3台からスタートし、すぐに4台になりました。開業後10年で奥のスペースを借りて6台になり、さらに5年後の現在、再拡張の工事をしています。再拡張にあたっては不安がありましたが、友人から「今、都内の歯科医院で広げられるだけのスペースとチャンスがあるところは珍しいよ。それは1,000万円以上の価値があることだよ」と言われたので、勇気を持てました。

経営理念

経営理念をお聞かせください。

医療で物心ともに人を幸せにすることです。名刺の裏にも「医療は『身心一如』。雨や曇りが自然と晴れる太陽のような存在でありたい。私との出会いで、皆様の心がいつしか晴れますように」と入れています。
また、「医院の企業理念」として、「私たちは、高度な歯科技術と予防医療を中心とした歯科医療を通して、顧客の健康改善、促進に貢献をし、全スタッフの物心ともに豊かな幸福の追求と歯科業界の発展・繁栄に寄与することを目的とします」と定めています。
「行動理念」は「他者を思いやる心を忘れない」、「夢を持とう」、「愛、感謝、反省」、「ほうれんそう(報告、連絡、相談)」、「やります、できます、はい、YESから選びます」、「自分の行動は自分の責任です」、「他者の良いところしか言いません」の7つから成り立っています。

診療方針

診療方針をお聞かせください。

「子どもが喜ぶ歯医者さん」です。子どもさんが治療を嫌がらないように、また治療中に不安にならないように、どんな治療をしているかについて、声をかけ続けるようにしています。お蔭様で、治療日以外の日にも遊びに来る子どもさんがいらっしゃいます(笑)。
今年は開業15周年でしたので、「女性の心にプレゼントを」というコンセプトを追加しました。このたびの再拡張もそのコンセプトが根底にあります。再拡張部分の天井はグレーです。患者さんと15年、お話をする中で、女性の気持ちはグレーだなと認識しました。それを包み込むのがピンクですから、チェアはピンクなのです。「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」と言われますが、ピンクがあると美しくなりますし、強くなれる一方で、守られたり、癒やされたりします。また、ガラス張りのガラスはちょっとしたことで壊れる儚さ、形を変えられるということ、強くなっていくもの、透明感の象徴でもあります。これからも女性の心にプレゼントを贈ることができる歯科医院でありたいと考えています。

患者さんの層はいかがですか。

ご家族で来られる方が7割ですね。0歳から96歳までの方が通院中です。子どもさんも多く、6割を占めています。私どもは日大通り沿いですので、日本大学文理学部の学生さんも来院されます。文理学部には体育学科があり、有名なアスリートが在籍しています。私もスポーツ歯科の権威である同級生のもとで勉強し、マウスピース製作に力を入れています。「パールからオリンピック選手を」を合言葉にしているところですが、3年後の東京オリンピックには私どものマウスピースを使っている選手が出場してくれたら、嬉しいですね。

自費と保険の割合について、お聞かせください。

保険が7、自費が3です。私としては良い比率だと思います。自費は変動しやすいですが、保険は経営的に安定しますし、歯科医院を動かす財源になります。

増患対策

どのような増患対策を行っていらっしゃいますか。

看板などは全くしていません。来院動機は口コミがほとんどです。ホームページはありますが、12月のオープンを目指して、リニューアル中です。何を求められているのか、時代のニーズに合わせて変化していくことが大事だと考えています。このたびのコンセプト追加もその一環です。
近年、7割の開業医がCTを導入していますので、私どもでも導入しました。これは「より安全なものを」というニーズに合わせてのことです。また、「より安心に」というニーズに応えるために、ミーレ製の洗浄機やハンドピース類をオートクレーブにかけるDACユニバーサルも世界基準の最高峰のものを導入しています。より安全、より安心な環境作りにこだわっています。

スタッフ教育

スタッフ教育について、お聞かせください。

歯科医師は自分の治療に何か言われることは嫌なものです。そこで、批判をせず、信じることにしています。治療の結果は患者さんのお口の中が教えてくれるわけですから、そのとき初めて討論できますし、「こういうときはこうやればうまくいったよ」という話もできます。でも「こうしなさい」とは言いません。患者さんはその歯科医師と契約を結び、納得したうえで治療を受けてくださっているので、自分の決めたことには責任を持って、しっかり取り組んでほしいと思います。

歯科衛生士、歯科助手への教育はいかがですか。

ホスピタリティの高い人材を採用するようにしています。私が歯科衛生士の専門学校を辞めてまで歯科医師になりたかったのは患者さんへの指導ができる歯科衛生士を育てたかったからです。それが私の原点ですから、その情熱を語っています。患者さんと一生の付き合いをしていくために、一人一人異なる歯ブラシや食べ物といった生活スタイルを知らなくてはいけません。患者さんには「磨きなさい」ではなく、なぜそうなったのかという過程を追求するように言っています。患者さんを責める前に、自分で考えないといけません。赤染めしたときに、どうして赤くなるのかという答えは患者さんのお口の中にあります。その答えを私に伝えるように指導すると、改善に繋がりますね。
私どものスタッフは出産などで退職しても、半分が「出戻り」しています。技術的には都心の歯科医院の歯科衛生士の方が高いのかもしれませんが、地域に密着した形で対応できている点で自慢のスタッフです。

今後の展開

今後の展開について、お聞かせください。

今まで予防中心に取り組んできましたが、開業して15年経つと、高齢の患者さんが増えてきて、歩けない方も見受けられるようになりました。そういう方々は本来なら介護保険での訪問診療を受けることが可能なのですが、なぜ私どもに通院されるかというと、若いスタッフと話がしたいからなのですね。そこで、私どもでは高齢の患者さんが安心して通えて、スタッフと話せる場を作ってきましたが、これからはその環境をそのままご家庭に持っていきたいのです。「パールのクリーニングをお気に入りの歯科衛生士で」という訪問診療のシステムを構築したいと考えています。
また、女性スタッフに長く働いてもらうためには小さな集合体だと難しいです。産休や育休明けに戻っても別のスタッフがいたら、自分のしたい仕事ができないですからね。私自身も子育てをして主婦をしながら働き、今は親の介護に直面しています。困ったときに別のスタッフを頼ることができるのは規模の大きさがあってこそです。そのため、歯科医院の規模を広げ、発展させていきたいです。
それから高度医療の提供です。CTを導入したことで、大学病院並みのインプラント手術が可能になりましたし、今後はさらに力を入れていきます。

開業に向けてのアドバイス

開業に向けてのアドバイスをお願いします。

特に女性歯科医師にお伝えします。女性は開業しようがしまいが、開業するのは大変です。色々なリスクがありますが、リスクなくしてリターンはありませんし、繁盛するクリニックを作るにはリスクはつきものですから、自分の置かれた環境で何ができるかを考えてみましょう。逃げずに、前を向き、乗り越えていこうとすれば、必ず道はあります。私どもも3カ月で潰れるかもという時代がありました。でも、誰も辞めさせたくなかったですし、やれることを全部洗い出して、乗り越えてきたのです。
人に子どもを預けることを恥じることも止めましょう。理解してくれる人はいますから、協力し合って、手助けし合い、ヘルプしてくれる人を大切にする心を持ちたいものです。何気なくしてあげたことでも、返ってくるものですよ。手助けがあるときにはその前に自分が何かをしてあげているのです。

プライベート

プライベートの時間はどんなことをして過ごしていらっしゃいますか。

3年前にセキセイインコを飼い始めました。10年前にオカメインコを飼ったことはあるのですが、ペットショップに行ったときにセキセイインコの色の綺麗さに目を奪われ、全色のインコを買ったのです(笑)。今は9個のケージに17羽います。全て手乗りですので、かわいいですよ。
また、患者さんに茶道の先生がいらしたことがきっかけで、表千家の茶道を習っています。おもてなしの心を学ぶ場ですし、精神統一やリフレッシュになりますね。

【タイムスケジュール】

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