歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

医療法人秀元会 辻野歯科医院 辻野 元博 院長

南海電鉄高師浜線は大正時代に開通したという歴史ある路線であり、当時は海の近くの高級住宅街として開発されたところである。今月ご紹介する辻野歯科医院はその高師浜線伽羅橋駅から徒歩5分ほどの場所にあり、南海本線羽衣駅、JR阪和線東羽衣駅からも徒歩圏内と便利な立地となっている。
辻野元博院長は、この地で生まれ育ち、開業地も迷わずこの地と定めた。歯科医院のロゴも「羽衣」をあしらった天女をモチーフとしたもので、地域を愛する姿勢が伝わってくる。
また辻野院長は日本顎咬合学会認定医、国際インプラント学会認定医、日本歯科先端技術研究所認定医であり、高度治療から予防歯科まで幅広いフィールドで活躍中である。

開業まで

辻野元博院長は1961年に大阪府高石市で生まれた。現在の辻野歯科医院は生家の隣地である。歯科医を目指した経緯は、中学の頃におじい様が歯科治療を受けていらっしゃったことからであるという。

「今で言うところの歯周病だったのでしょうが、当時は一般の人たちには歯周病の認識なんてあまりなかったですからね。そして今だったら抜歯せずに済む治療も当時は抜いていたため、祖父も7、8本抜いて、大変辛かったようなのです。歯科医になって、祖父のような歯になってしまった患者さんを助けようと思いました。」

そして岡山大学歯学部を卒業した1986年に大阪大学大学院に入学し、口腔外科を学ぶ。

医療法人秀元会 辻野歯科医院「岡山大学で口腔外科の素晴らしい教授と出会ったことが口腔外科を志そうと思ったきっかけですね。その教授は悪性腫瘍などの手術を得意とされており、患者さんと向き合われる姿勢に感銘を受けました。そこで勉強をするなら手術数の多いところが良いと思い、大学院では大阪大学を選びました。当時は地方の病院での数か月分の手術を阪大では1週間でクリアするほどだったそうです。大学院での勉強と並行して、市立豊中病院、市立伊丹病院などの歯科に非常勤勤務をして、一般歯科についても学びました。」

大学院を修了後、附属病院口腔外科の医員を経て、大阪市内の歯科医院に勤務するが、辻野院長はここで様々なカルチャーショックを受けたという。この歯科医院の院長はひたすら患者さんのことを第一に考え、スタッフへの気配りも優れていた。結果として、地域になくてはならない歯科医院として信頼を集めていた。

「患者さんへの説明の仕方が大学とは全く違っていました。例えば親知らず抜歯後に痺れが残ってしまったような場合、大学では『仕方ない』と言っていたのですが、その院長先生は『これは失敗ですね』と話していらっしゃったんです。患者さんの受け止め方が違いますよね。ただ保険点数に関しては、開業医には厳しい審査があり、大学とは同じ判断基準ではなかったです。大学はぬるま湯だと思いました(笑)。」

そして1991年に大阪府高石市で辻野歯科医院を開業する。チェアは3台だったが、最初のうちはなかなか集患できず苦しかったという。

「実家の隣地であり、資金的な面では楽でしたけれど、そんなに人通りが多いわけではないので、最初は辛かったですね。その分、一人の患者さんを丁寧に診ることは可能だったように思います。また地元ですから、小、中学校のときの友達も多く、その家族の方々にも来て頂けるようになりました。来て頂いた患者さんに自分の家族にするような治療を行った結果、だんだん口コミで広がっていったようです。」

現在はチェアは7台である。開業してすぐ4台になり、2003年に3台の増設を行った。そのうち1台は医師、歯科衛生士の共有であるが、2台は歯科衛生士専用であり、予防歯科のために有効に利用されている。

経営理念

院長の考え、医院コンセプトを患者さんや外部にできるだけ発信するよう心がけています。
まずは医院の特徴をはっきりと見ていただくことが大切です。前述のように基本的な考えは「健康をまもり育てる診療方針・予防型の診療室」を理念としています。お陰様で当医院には開業当初に小児患者さんとして治療に来院いただいていた患者さんが、現在は親御さんとなり、その子供さんやお孫さんを連れて来院いただいている方が今や非常に多いです。
現在、歯科衛生士学校に通いながら院内で実習中の3人の学生さんも、幼稚園の頃から小児歯科健診や歯列矯正の患者さんとして来院していただいていた当時の子供さんです。今までも患者さんが歯科衛生士になり勤務いただいた方も多くいますし、歯科医師を目指しすでに活躍している方もいます。患者さんにも、スタッフにも歯科医として、院長として厳しいことも要求いたしますが、日々頑張ってくれているスタッフには医院としても可能な限り期待に答えていかないといけないと常に考えています。

矯正歯科

日本矯正歯科学会認定医である、服部哲夫先生と井口善隆先生が担当している。服部先生は辻野院長と岡山大学での同級生であったという。服部先生だけでは手に負えなくなってきたため、阪大の矯正医であった井口先生も招聘した。ミュー矯正やリンガル矯正など様々な高度治療に対応している。

「このあたりは住宅地で、子どもさんも多い地域です。そして子どもさんの歯並びに興味を持っていらっしゃる親御さんも多く、私どもの存在がそういったニーズに合ってきたようです。欧米に比べて日本ではまだ歯に対する意識が低いですが、これからの子どもたちが世界でコンプレックスなく活躍できるようなお手伝いをしていきたいですね。」

東洋医学的治療

血圧の高い高齢者など麻酔に制限のある患者さんの除痛は大きな問題である。そこで辻野歯科医院ではパルサーを導入し、手の背面の合谷(ごうこく)や肘の曲池(きょくち)という経穴に電気刺激を与え、痛みを緩和させる。

「これは経皮的電気的神経刺激の一種で、麻酔の効きが悪い患者さんにも有効です。副作用もありませんし、頭蓋骨の前方部3分の2の痛みは抑えられます。」

パタカラ(口腔筋機能療法)

東京歯科大学の秋広良昭先生が脳梗塞患者のリハビリ用具として開発したのが「パタカラ」である。これにより口呼吸を鼻呼吸に改善することができ、歯周病やいびきの治療などに効果がある。

「秋広先生は根の治療に使用するビタベックスを考案されるなど、もともとアイディアマンでいらっしゃいます。お話を聞きに行って、共感するところも多く、私どもでも取り入れることにしました。統計的なデータで明らかにされているわけではないのですが、脳に対する刺激による認知症の防止や天然のフィルターとなる鼻呼吸によってアトピーの治療できたと聞いています。」

「医療機器ではなく、あくまでも美容製品です。しかしながら何十人ものモニターの方から効果があったと言って頂きましたし、『おもいっきりテレビ』でも紹介され、かなりの反響があったようです。ただ売れた数によって、私にバックされるわけではないので残念なんですが(笑)。」

地域密着

医療法人秀元会 辻野歯科医院辻野院長は高石小学校の学校歯科医を務めており、就学時健診などを行っている。また辻野院長が理想とする「できるだけ歯を抜かない、削らない」治療は予防を重視しないと実現しない。そこで常勤で歯科衛生士5人を雇用し、2台の衛生士専用チェアでケアする。
「スタッフには自分の家族に治療するつもりで治療に当たるように伝えています。矯正や高度治療も行っていますが、やはりメインは保険診療ですね。全ての人にいい治療とはこういうものだという情報を提供していきたいと思っています。」

広告に関しては、ホームページ以外ほとんど展開せず、看板も出したことがないという。

「いらした患者さんに全力を尽くしてきました。その努力が有難いことに口コミで広がっていったのでしょう。」

今後の展開

辻野院長に今後の展開について伺った。

「これからの開業は難しいですね。これまでのような勤務医を経験した後、開業するという流れは当たり前でなくなります。したがって勤務医を長く受け入れる体制を作らなくてはいけません。個人事業でなく、会社組織にして、スタッフに長くいてもらえる環境を作り、スタッフそれぞれに権限と責任を持たせていきたいと思っています。また、歯科診療所審査機構による第三者評価の受審を考えています。」

メッセージ

医療法人秀元会 辻野歯科医院ここまで来れたのは色んな人の意見を聞いてきたからだと思っています。私も最初は患者さんの定期検診のあと「また来てくださいね」とは言えなかったんですよ。ところが、ある人が「一度言ってみたら?」とアドバイスをしてくれて、それから言えるようになりました。人の意見を聞かないと、発展していくことは難しいですね。

そしてスタッフにでも、患者さんにでも、ごまかすと自分が辛くなります。何でも正直に話すことですね。これが楽ですし、結局いいことだと思います。治療計画は往々にして自分の思った通りにはいかないものです。そこで逃げたり、責任転嫁せずに誠意を持って分かって頂く努力をすることが大切ではないでしょうか。