歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

エイチ・エムズコレクション 濱田真理子 社長

エイチ・エムズコレクション 濱田真理子 社長

エイチ・エムズコレクション 濱田真理子 社長

プロフィール

  • 日本大学歯学部附属歯科衛生士専門学校卒業
  • 財団法人日本歯科研究研修協会入職
  • 財団法人日本歯科研究研修協会退職
  • エムズコレクションデンタルネットワーク起業
  • 有限会社エイチ・エムズコレクション改名
  • 株式会社サン・エムズ起業
  • セレクショショップサン・ショップ開設

1.歯科衛生士に求められるもの

花「『あれもできます、これもできます、だから日給幾ら下さい』とアピールするだけでは駄目です。本当に優秀な人というのは、どんなクリニックにいても役に立つのです」

濱田さんの、衛生士を見る視線は甘くない。
大企業に勤める女性と異なり、歯科衛生士のほとんどにはしっかりした社会的保障がない。アメリカ等に比べれば収入面でも劣り、社会的評価も十分とはいえない。当然、そういった現状に対し、衛生士の社会的地位を向上させていこう、という気持ちは強い。
それだからこそ、衛生士に対する期待も厚いのだ。

「一番大事なのは『何が自分にできるか』ではありません。『向こうが何をやってもらいたいか』です。

クリニックによって課題は異なります。聞いてみないとわかりません。場合によっては、ドクター自身も気づいていなくて、これから問題を探っていかないといけないかもしれません。
そういう様々な状況に対し、『先生のやって欲しいことは何ですか』という態度が取れなければ、本当に役に立つ人材とは言えないでしょう。得意分野を持つことを否定している訳ではない。逆に「あなたがどういう人ですか」と尋ねられ、明確な答えが出せないようでも困る。しっかりと自分がないといけないが、同時に、柔軟性をもって医院に対する責務を果たしていく、ということである。
フレキシブルな対応を可能にさせるのは、しっかりとした土台だ。世の中がとかく「すぐ役立つもの」「実学的なもの」の評価に傾く中、濱田さんは基礎的学問の重要性を強調する。

2.留学までの道のり

基本の重要性を説くのには、それなりのバックグラウンドがある。

濱田さんは、元々歯科医師を志していたが、すでに歯学部へ行っていた友人から歯科衛生士という職業を教わりこれからの予防歯科医療の時代を睨んで敢えて歯科衛生士の道を選んだ。
学校を卒業後、霞ヶ関にある財団法人附属の歯科診療所に勤めた。当時南カリフォルニアの歯学部と提携していた研究所で、学校を出たての衛生士が、いきなり最先端の歯科医療の中に放り込まれた。そこで思い知らされたのは、日本とアメリカの歯科医療、そして歯科教育の違いだった。「学問が全然違ったのです。日本の教育は、『身体で覚えろ』とか丸暗記といったもので、形を重んじるものでした。しかし向こうでは想像力を重視するのです。
機材にしても、日本では『これを使いましょう』と画一的ですが、実際は患者さん一人一人で顎の形から異なります。衛生士の体格も違います。親指の柔軟性が違えば、歯石を取る時の固定点も変わります。ベーシックな部分は必要ですが、それは『参考書』にすぎません。大切なのは、学ぶための想像力なのです」

ぺリオの基礎から教わり、スケーリングやインスツルメンテーション(実技)は南カリフォルニア大のテキストを学んだ。基礎医学をトータルで学べるものだった。土台がしっかりしているからこそ、複雑な状況に直面しても想像力を働かせられるのだ。
卒後三年目、アメリカ渡米を決意した。

3.アメリカの歯科医療

アメリカに渡ってまず、歯科衛生士の地位の違いに驚いた。

「歯科医師とほとんど同じ位の扱いなのです。わたしの友人の衛生士は、日給が300ドルで、お手伝いさんまで雇っていました。もちろん、そんな衛生士ばかりではありませんが、実力のある人は評価されています。逆に脚光を浴びている人には、必ず相応の力がありました。勉強量にも大きな隔たりがあったのです。
アメリカでは衛生士がトラブルを起こすと、自らが裁判を闘わなければならない場合もあります。そういう可能性があるからこそ、強い責任感も生まれるのでしょう」だからといって、アメリカのやり方をそのまま日本に持ち込むことはできない。アメリカでは会社がスケーリングの費用を負担してくれるケースもあり、保険制度も大きく異なる。麻酔を打てる、打てない、という違いも大きい。
アメリカと同じことを日本やっても成り立つ訳がない。技術やスキルだけ輸入しても仕方がないのだ。
帰国する時には『まずは公衆衛生活動を中心にやろう』と考えていた。1996年のことだった。

4.起業

帰国し、独立へと動いた。

歯科医師を志していた濱田さんには、はじめから「開業」ということが念頭にあった。だが、この時期は法的な問題があり、衛生士が開業するのは難しかった。そこで起業を考えた。
歯ブラシの販売や情報提供から始め、会社の登録申請にも自ら足を運んだ。何もかも手探りだった。「とにかく密」で「問題を問題と感じている暇もなかった」という数年が、あっという間に過ぎた。「狭い業界ですから、奪い合うのではなく、誰もやっていないことを手がけて全体を底上げしよう、と心がけました」驚くほど高額のセミナーもある中、エムズの料金は良心的だ。「話というのは、一回聞いても百パーセント理解できるものではありません。うちは安い価格でやりますから、わからなければ何回でも聞きに来て欲しいのです。
少ないお金でも、面白いことはできますし、できるということを示したいのです。その代わり、面白いと思って何回も呼んでもらえたらいい。ヒット商品をロングセラーにしていく発想です。
歯科関係のセミナーの中には、高額な料金を取りながら、連絡先もはっきりしないようなものもあります。シャープニングのセミナーで十万も取っているような人もいます。わたしたちは、疑問を持ったら、いつでもオフィスに問い合わせて頂くことができます」濱田さんは、決して自分のカリスマ性を振りかざすような方ではない。プロフィールは華やかだが、お会いした印象は、多弁だが質実剛健な人物だった。
会社についても、「ずっとトップで引っ張っていく自信はない」という。事業は継承していくものであり、「企業の良さは人に渡していけるところにある」と語る。

5.後進を育てる

2004年4月に、東京医科歯科大学と新潟大学において歯科衛生士教育初の四年制大学がスタートする。参照1

濱田さんの期待する「歯科衛生士の基礎医学教育」充実への道が、一歩前進することになる。。
だが今後を考えると、危惧もある。「学力的にはバランスの取れた人が増えてくると思います。ただ、逆に『大卒資格が取りたいだけ』とか『医学部に行けなかったから』という理由で衛生士になってしまう人が出てくる可能性があります。そういう人でも、途中で衛生士という仕事に目覚めてくれればいいのですけどね。
今でも短大出の衛生士の中には、『一般企業に行くから』といって不勉強な人がいます。不景気のせいか、そういう人に限って会社を辞めて衛生士になろうとすることがありますが、当然ながら有能な衛生士とは言い難い場合がほとんどです」四大卒の衛生士と、従来の教育を受けた衛生士が並存する時代が来る。「一番いけないのは、四大卒と今までの人が対立してしまうことです。お互いに尊重し合える環境が必要です。特に今の衛生士は、四大卒の人が活躍できる新しいフィールドを作ってあげるよう努めるべきです。相応の教育を受けた人が、衛生士という仕事に楽しんで取り組める職場にするのです」

濱田さんには、「継承していく」ということが常に念頭にあるように見える。事業の継続についても継続性を意識し、次に続く衛生士のことについても、「場を用意する」という発想をする。「歯が抜け替わる時、乳歯が良い方向に抜けないと、永久歯は綺麗に生えないのです。抜けるべき所から抜けないといけないのです。永久歯の生え方は乳歯の抜け方次第、ということです。
人間も同じでしょう。先駆者が上手い退き方をすることが、若い人をまっすぐ育てることにつながるのです。
変な生え方をしても矯正はできるかもしれませんが、そこまで行く前に小さく予防した方が良いでしょう」(参照1)口腔保健学科では、4年間で口腔保健学を中心に保健・医療・福祉の各分野を総合的に学びます。1年次には教養教育、と専門科目の基礎を学びます。2年次から口腔保健学の様々な科目と介護・福祉関連の科目を学びます。3、4年次には専門科目の講義のほかに、卒業研究、臨床実習や現場での実習を含めて、学びます。