1. 深刻化する歯科医院の後継者不在問題:閉院だけが選択肢ではない
日本の歯科医院数は約67,000軒にのぼり、コンビニエンスストアよりも多いと言われて久しくなりました。しかし近年、この数字に変化の兆しが見え始めています。歯科医師の高齢化が進み、60代以上の開業医が全体の約3割を占める一方で、後継者が見つからないまま閉院を余儀なくされるケースが増加しているのです。厚生労働省の調査によれば、歯科診療所の廃止届出数は年間1,500件を超え、新規開設数との差は徐々に縮小しています。つまり、多くの院長が「自分の代で終わり」という現実に直面しているのです。
後継者不在の背景には複合的な要因があります。まず、歯科医師の子どもが必ずしも歯科医師になるとは限らないという当然の事実があります。かつては「親の医院を継ぐ」ことが一般的でしたが、職業選択の多様化や歯科経営の厳しさを目の当たりにした子世代が、別の道を選ぶケースが増えています。また、院内の勤務医に承継を打診しても、数千万円の買取資金の問題や経営責任への不安から断られることも少なくありません。さらに、地方の歯科医院では、そもそも若手歯科医師が都市部に集中する傾向があるため、承継候補者を見つけること自体が困難な状況にあります。
閉院がもたらす影響は、院長個人にとどまりません。長年勤めてきたスタッフは職を失い、通院していた患者さんは新たなかかりつけ医を探さなければなりません。特に高齢の患者さんや訪問歯科を受けていた要介護者にとって、信頼していた医院の突然の閉院は、口腔機能の低下や全身の健康悪化にも繋がりかねない深刻な問題です。地域医療の担い手としての歯科医院が消えることは、その地域のヘルスケアインフラの弱体化を意味します。
しかし、閉院だけが唯一の選択肢ではありません。近年、歯科業界においても「事業承継」や「M&A(合併・買収)」という手法が急速に浸透し始めています。第三者への医院の譲渡は、院長にとっては長年築き上げた医院のレガシーを残す手段であり、スタッフにとっては雇用の継続を、患者さんにとっては治療の継続性を保証するものです。さらに、買い手となる若手歯科医師にとっては、ゼロからの開業に比べて初期投資やリスクを抑えられるメリットがあります。事業承継とは、売り手・買い手・スタッフ・患者のすべてにとって「三方良し」ならぬ「四方良し」を実現し得る、これからの歯科業界に不可欠な選択肢なのです。
2. 事業承継の3つの選択肢:親族内承継・院内承継・第三者承継(M&A)の比較
歯科医院の事業承継には、大きく分けて3つの選択肢があります。それぞれにメリットとデメリット、そして成功させるための条件が異なるため、自院の状況に最も適した方法を見極めることが重要です。第一の選択肢は「親族内承継」、第二が「院内承継(従業員承継)」、そして第三が「第三者承継(M&A)」です。かつては親族内承継が主流でしたが、前述の理由から現在ではM&Aによる第三者承継が急速に増加しており、歯科業界においてもその認知度と実績が着実に高まっています。
親族内承継は、最も伝統的でスムーズな方法です。子どもや親族が歯科医師である場合、医院の理念や患者との関係性を自然に引き継ぐことができ、スタッフや患者に与える心理的変化も最小限に抑えられます。また、相続や贈与という形で資産を移転できるため、税制上の優遇措置を受けられる場合もあります。しかし、親族に歯科医師がいない場合はこの選択肢自体が成り立ちません。また、親族だからこそ感情的な対立が生まれやすく、経営方針の違いや世代間のギャップが表面化するケースもあるため、家族間のオープンなコミュニケーションが成功の鍵となります。
院内承継は、長年勤めてきた勤務医や歯科衛生士(管理者として)に医院を譲るという方法です。医院の文化や診療スタイルを熟知しているため、患者やスタッフにとっての変化が少なく、スムーズな移行が期待できます。しかし、最大の課題は「資金力」です。医院の買取費用として数千万円規模の資金が必要になる場合が多く、勤務医がこれを個人で準備するのは容易ではありません。金融機関からの融資を受けるにしても、経営実績がない個人にとっては交渉のハードルが高いのが現実です。また、「勤務医」と「経営者」では求められるスキルセットが大きく異なるため、経営面でのサポート体制を整えることも重要です。
第三者承継(M&A)は、外部の歯科医師や医療法人に医院を譲渡する方法です。近年、最も件数が増加しているのがこの形態です。最大のメリットは、候補者の選択肢が格段に広がることです。仲介会社を通じて全国から買い手を募ることができ、自院の特性に合った相手を見つけやすくなります。また、売却対価としてまとまった資金を得られるため、院長の引退後の生活設計にも大きく寄与します。一方で、第三者であるがゆえに医院の理念や雰囲気が変わってしまうリスクや、譲渡交渉にかかる時間と労力、仲介手数料などのコストは考慮すべき点です。いずれの方法を選ぶにしても、早期の準備開始が成功の最大の要因であることに変わりはありません。承継は「引退を決めてから考える」のではなく、「引退の5〜10年前から計画的に動く」べき経営課題なのです。
3. 歯科医院の価値はどう決まるか:医院評価の基本と押さえるべき指標
事業承継やM&Aを進める上で、避けて通れないのが「自院の価値をいくらと見積もるか」という医院評価(バリュエーション)の問題です。感情的には「長年の苦労と努力が詰まった医院だから、高く評価されて当然だ」と思いたいところですが、市場での評価は客観的な指標に基づいて決まります。適正な価格を理解しておくことは、交渉を円滑に進め、双方が納得できる条件を導き出すための前提条件です。過大な期待は交渉の破綻を、過小評価は不当な損失を招くため、冷静な現状分析が求められます。
歯科医院の評価で最も重視されるのは「収益力」です。具体的には、年間の医業収入(売上)と営業利益(手残り)が基本的な指標となります。一般的に用いられる評価手法の一つに「年買法(年倍法)」があります。これは、時価純資産に営業利益の数年分(一般的に2〜5年分)を加算する方法で、歯科業界では簡便かつ実務的によく使われています。例えば、年間の営業利益が1,500万円で、その3年分をのれん(ブランド価値)として算定する場合、のれん代は4,500万円となり、これに医療機器や内装の時価を加えた金額が譲渡価格の目安になります。
収益力以外にも、評価に影響を与える要素は多岐にわたります。まず「患者基盤」の安定性です。レセプト枚数(月あたりの保険患者数)が安定しているか、自費率はどの程度か、リコール率(定期検診の再来院率)は高いかといった指標は、将来の収益予測に直結します。次に「立地条件」も重要です。駅からのアクセス、駐車場の有無、周辺の競合状況、人口動態などは、承継後の集患力に大きく影響します。さらに、医療機器の状態や内装の経年劣化、スタッフの構成と定着率なども評価のポイントになります。最新のCTやマイクロスコープなどの設備が整っていれば、買い手にとって初期投資を抑えられるため、プラス評価につながります。
一方で、評価を下げる要因についても認識しておく必要があります。院長個人の技術や人脈に依存した収益構造(いわゆる「属人性の高さ」)は、承継後の売上維持に不安を与えるため、マイナス要因となります。また、建物の賃貸借契約の残存期間が短い場合や、周辺地域の過疎化が進んでいる場合もリスクとして評価されます。重要なのは、こうした評価指標を「売るために対策する」のではなく、「良い経営を続けてきた結果として評価される」という意識を持つことです。日頃から患者満足度の向上、スタッフの定着、設備の適切な更新を心がけていれば、それ自体が医院の資産価値を高める最善の方法なのです。
4. M&Aの流れを徹底解説:準備から成約・引継ぎまでのロードマップ
歯科医院のM&Aは、一般的に半年から1年半程度の期間を要するプロジェクトです。「いつか誰かに譲りたい」という漠然とした願望のままでは実現せず、明確なステップを踏んで計画的に進める必要があります。ここでは、売り手(譲渡側)の視点から、M&Aの全体像をフェーズごとに解説します。大まかな流れは、「準備・相談フェーズ」「マッチング・交渉フェーズ」「デューデリジェンス(詳細調査)フェーズ」「契約・引継ぎフェーズ」の4段階に分かれます。
第一の「準備・相談フェーズ」では、まず自院の現状を客観的に把握することから始めます。財務状況の整理(過去3〜5年の決算書、レセプトデータ)、設備のリスト化、スタッフの雇用条件の確認、賃貸借契約の内容確認などが主な作業です。この段階で、M&A仲介会社や税理士、歯科業界に詳しいコンサルタントに相談し、自院の概算評価額や市場でのポジショニングを把握します。秘密保持契約(NDA)を締結した上で、仲介会社に正式に依頼するのが一般的な流れです。この時点では、スタッフや患者には知らせないのが鉄則です。
第二の「マッチング・交渉フェーズ」では、仲介会社が匿名の概要書(ノンネームシート)を作成し、買い手候補に打診を行います。関心を示した候補者とはNDAを締結した上で詳細情報を開示し、トップ面談(院長同士の顔合わせ)へと進みます。この面談は、条件面だけでなく「この人に自分の医院を任せられるか」という人間性を確認する場でもあります。双方の意向が合致すれば、基本合意書(LOI)を締結し、大枠の条件(譲渡価格、時期、スタッフの処遇など)を確認します。
第三の「デューデリジェンスフェーズ」では、買い手側が財務・法務・労務・設備などの詳細調査を行います。この段階で隠れた負債や法的リスクが発見されると、条件の見直しや破談に繋がるため、売り手は事前に情報を正確に整理・開示しておくことが極めて重要です。デューデリジェンスを無事通過すれば、最終契約書の締結へと進みます。そして第四の「契約・引継ぎフェーズ」では、行政手続き(保健所への届出、開設届・廃止届)、スタッフへの説明、患者への告知、カルテの引継ぎなどを計画的に行います。特にスタッフと患者への説明は、承継の成否を左右する最も繊細なプロセスであり、十分な時間と配慮を持って進める必要があります。引継ぎ期間として、旧院長が一定期間(数ヶ月〜半年程度)新院長と並走して診療にあたるケースも多く、段階的な移行が成功の鍵となります。
5. 仲介会社・専門家の選び方:歯科業界に精通したパートナーを見極めるポイント
歯科医院のM&Aを成功させるためには、信頼できるパートナー選びが不可欠です。近年、M&A仲介業は急速に拡大しており、大手総合仲介会社から医療特化型、さらには歯科専門のブティック型仲介会社まで、選択肢は多岐にわたります。しかし、すべての仲介会社が歯科業界の特殊性を理解しているわけではありません。歯科医院は一般企業と異なり、医療法や歯科医師法による規制、保健所への届出義務、保険医療機関の指定など、独自の法的枠組みの中で運営されています。これらを熟知したパートナーを選ぶことが、スムーズな承継の第一歩です。
仲介会社を選ぶ際のチェックポイントとして、まず「歯科M&Aの実績件数」を確認しましょう。一般企業のM&A実績が豊富でも、歯科医院の案件をほとんど扱ったことがない会社では、業界特有の論点を見落とすリスクがあります。次に「手数料体系の透明性」です。着手金、中間報酬、成功報酬の有無と金額を事前に明確にし、想定外のコストが発生しないことを確認します。最近は「完全成功報酬型」を謳う会社も増えていますが、その場合は成功報酬の算定基準(譲渡額の何パーセントか、最低報酬額はいくらか)を詳細に確認することが重要です。
また、仲介会社だけでなく、税理士、弁護士、社会保険労務士といった各分野の専門家のサポートも欠かせません。特に税務面では、個人経営の場合と医療法人の場合で承継スキーム(事業譲渡か持分譲渡かなど)が大きく異なり、それによって税負担も大幅に変わります。顧問税理士が歯科のM&Aに詳しくない場合は、セカンドオピニオンとして医療M&Aに精通した税理士に相談することをお勧めします。弁護士については、契約書のリーガルチェックだけでなく、万が一の紛争時に備えた予防法務の観点からも早期に関与してもらうのが理想です。
最も大切なのは、仲介会社やアドバイザーとの「相性」です。M&Aのプロセスは精神的にも負担が大きく、院長が一人で抱え込むには重すぎるテーマです。定期的に進捗を報告してくれるか、こちらの不安や要望に誠実に向き合ってくれるか、売り手の立場に立ったアドバイスをしてくれるか(売り手・買い手双方から手数料を取る「両手仲介」の場合は利益相反のリスクがある点にも注意)。初回面談の段階で、数社を比較し、最も信頼でき、自分の想いを共有できるパートナーを慎重に選びましょう。良いアドバイザーとの出会いが、承継の成功を半分以上決めると言っても過言ではありません。
6. スタッフの雇用と患者の継続性:信頼を損なわない引継ぎのための配慮
事業承継において、財務や法務と同等、あるいはそれ以上に重要なのが「人」への配慮です。長年ともに働いてきたスタッフと、信頼を寄せてくれている患者さん。この両者に対して、いかに誠実に向き合い、不安を最小化するかが、承継後の医院運営の成否を分ける最大の要因です。承継の事実をいつ、誰に、どのように伝えるかは、綿密な計画と細やかな配慮が求められるデリケートなプロセスです。
スタッフへの告知は、基本合意書の締結後、デューデリジェンスと並行して行うのが一般的です。まず幹部スタッフ(チーフ衛生士や事務長など)に個別に伝え、その後全体ミーティングで全スタッフに説明するという段階的なアプローチが推奨されます。この際、最も重要なのは「雇用条件の継続」について明確に伝えることです。給与、勤務時間、休日、福利厚生などが承継後も維持されるのか、変更があるならどのような内容かを具体的に説明します。スタッフにとって最大の不安は「自分の仕事はどうなるのか」であり、この点に曖昧さを残すと、優秀な人材が不安から離職してしまうリスクが高まります。
患者さんへの告知は、承継の1〜2ヶ月前に行うのが一般的です。院内掲示やホームページでの告知に加え、定期的に通院している患者さんには診療時に直接説明することが望ましいでしょう。特に長年の付き合いがある患者さんや、治療途中の患者さんには丁寧な説明が必要です。「院長が代わっても、これまでの治療方針やカルテの記録はすべて引き継がれること」「スタッフの多くがそのまま勤務を続けること」を伝えることで、患者さんの不安は大幅に軽減されます。院長交代後も旧院長が一定期間診療に携わる「並走期間」を設けることで、患者さんは新しい院長と自然に信頼関係を構築することができます。
見落としがちなポイントとして、「カルテの引継ぎ」があります。紙カルテの場合は物理的な保管場所と管理責任の問題、電子カルテの場合はシステムの互換性やデータ移行の技術的課題が発生します。また、歯科医師法上の保存義務(5年間)を遵守するための取り決めも必要です。承継後に過去の診療記録が参照できない状態は、患者の安全にも関わる重大な問題であるため、契約書にカルテの取り扱いに関する条項を明記しておくべきです。人の心に寄り添う承継は、数字には現れない「見えない資産」を守る行為です。そして、スタッフと患者の信頼こそが、承継される医院の最大の財産なのです。
7. 税務・法務の落とし穴:事業承継で失敗しないための重要チェックリスト
歯科医院の事業承継は、医院の経営や診療だけでなく、税務・法務上の複雑な手続きを伴います。これらを軽視したり、専門家への相談を怠ったりすると、後から多額の税金が課されたり、法的なトラブルに発展したりするリスクがあります。ここでは、多くの院長が見落としがちな「落とし穴」と、それを回避するための重要なチェックポイントを整理します。事前に知識を持っておくことで、専門家との打ち合わせをより実りあるものにすることができるでしょう。
税務面で最も注意すべきは、承継スキームによる税負担の違いです。個人経営の歯科医院の場合、一般的には「事業譲渡」という形態を取ります。この場合、譲渡対価のうちのれん(営業権)部分は売り手にとって「譲渡所得」として課税されます。一方、医療法人の場合は「出資持分(社員持分)の譲渡」か「事業譲渡」かの選択肢があり、それぞれ税務上の扱いが大きく異なります。出資持分の譲渡であれば、株式の売買と同様に分離課税(約20%)が適用されますが、事業譲渡の場合は法人税の対象となります。また、医療法人の理事長交代には都道府県への届出が必要であり、手続きの不備は法令違反となるため注意が必要です。
法務面では、まず賃貸借契約の承継が大きなテーマです。テナントで開業している場合、大家(物件所有者)の承諾なしに賃借権を譲渡することはできません。新たな院長との間で賃貸借契約を結び直す必要があるケースもあり、大家が難色を示す場合はM&A自体が頓挫する可能性もあります。このリスクを軽減するために、M&Aの初期段階で大家への事前相談を行うことが重要です。また、リース契約中の医療機器については、リース会社との契約内容を確認し、承継に際して残リース料の一括精算が必要かどうかを把握しておく必要があります。
さらに、行政手続きとして忘れてはならないのが保健所への届出です。歯科医院の開設者変更や廃止・新規開設には、所管保健所への届出が法律で義務付けられています。保険医療機関の指定についても、地方厚生局への届出手続きが必要であり、これを怠ると保険診療の空白期間が生じる恐れがあります。労務面では、スタッフの雇用契約の承継(労働契約承継法の適用範囲の確認)、退職金の取り扱い、社会保険の継続手続きなど、一つひとつの項目を漏れなくチェックする必要があります。これらの手続きを専門家任せにするのではなく、院長自身も全体像を把握した上で、チェックリストを用いた管理を行うことが、承継を安全かつ確実に完了させるための鉄則です。
8. 承継後の医院運営を成功させる:買い手・売り手双方が描くべき未来像
M&Aの成約は、ゴールではなくスタートです。契約書に署名した瞬間から、新しい医院の物語が始まります。しかし現実には、承継後の運営がうまくいかず、患者数の減少やスタッフの離職に悩む新院長も少なくありません。承継を真の意味で成功させるためには、売り手と買い手の双方が「承継後の未来像」を明確に持ち、移行期をどう乗り越えるかを事前に具体的に計画しておくことが不可欠です。
買い手(新院長)にとって最も重要なのは、「急激な変化を避ける」ことです。新しい院長になった途端、診療方針、スタッフの配置、診療時間、内装など、すべてを自分流に変えたくなる気持ちは理解できます。しかし、患者さんやスタッフにとって「前の先生のやり方」は慣れ親しんだ安心の基盤です。少なくとも最初の半年から1年は、既存の運営体制をできる限り維持し、スタッフとの信頼関係を構築することに注力すべきです。変化は、信頼関係が構築された後に、段階的に、そして理由を丁寧に説明しながら行うことで、スタッフや患者の抵抗を最小限に抑えることができます。
売り手(旧院長)にとっては、「引き際の美学」が問われます。並走期間中は新院長のサポートに徹し、患者さんに対して「新しい先生は信頼できますよ」とお墨付きを与える役割を果たします。一方で、旧院長がいつまでも診療に関わり続けると、スタッフや患者が「本当の院長」として旧院長を頼り続け、新院長の立場が確立しにくくなるというジレンマもあります。並走期間の終了時期と方法を事前に合意し、計画的にフェードアウトすることが、新体制の自立を促す最善の方法です。
そして、承継の最も美しい姿は、売り手と買い手が対立する関係ではなく、「地域医療を次世代に託す先輩」と「その志を受け継ぐ後輩」として敬意を持ち合う関係です。旧院長が築いた患者との信頼、スタッフの育成、地域への貢献。これらの無形の資産は、どんな契約書にも記載しきれない、医院の魂とも言えるものです。新院長がこの魂を受け継ぎ、自分なりの色を加えて発展させていくことこそが、事業承継の真の成功です。後継者不在で閉院するしかないと諦めていた院長が、M&Aによって医院の灯を次世代に繋ぐことができたとき、それは院長の歯科医師人生における最後にして最大の社会貢献と言えるのではないでしょうか。




























